1. なぜ今MBA(MIF)?

学生の頃から漠然と留学に対する思いはあり、憧れで終わるのかな、という気持ちもありましたが最後のチャンス、と思った時に決意しました。

細かいレベルで言うと、

  • 仕事での経験値も上がりある程度の量と質はこなせるようになってきたものの徐々にしかスケールアップしている感じがなく、変化を起こせている気がしなかった
  • 結果的に理想解ではなく現実解というレベルで仕事を考えることが多くなった
  •  仕事のクライアントや取引先の上のレベルに行くとMBAホルダーが結構多いことに気が付いた
  •  ファイナンスやDataModeling等一度知識としてきちんと習得したかった
  • 世界にどれだけすごい奴がいて、その中での自分のレベルを知りたかった
  • MBAに行った親友からとにかく行け、ぐだぐだ言うな、と強烈に薦められ、退路を断たれた(笑)

です。以上本音ベースです。

 

2. LBS選定理由

漠然とした憧れとしてはUSだったのですが、自分のフィット感としてはUS以外と思っていました。各校へのビジットを通して、下記の観点からLBSと感じました。最終的にLBSに通っている自分が一番イメージできたのも大きかったです。

  •  ダイバシティー 言わずもがな、マジョリティなし
  • 学生の雰囲気 一定の距離間を保った大人の関係
  • 授業のスタイル きちんとMBAとしてUSスタイルも取り入れている
  • 柔軟性 最短で15か月で終了することも可能ということは時間の使い方によって2年間を勉強以外の様々な活動に充てることが可能
  • 立地 ロンドンという土地柄、実ビジネスから切り離れることはない
  • 規模 各国学生とのネットワークは卒業後の重要資産と考えたので、それなりの規模は必要
  • ランキング こだわる気はあまりなかったですがそれでも高い方が良い
  • ファイナンス 自分の全く知らない世界なので敢えて逆方向に振ってみることにした

 

3. スケジュール・費用

2010年5月TOEFL予備校に通い始める

2010年5月TOEFL初受験(その後毎月受ける)

2010年7月GMAT予備校に通い始める

2010年8月TOEFL一区切り

2010年8月エッセイカウンセリング開始

2010年9月GMAT初受験

2010年10月結婚

2010年10月GMAT二回目(敗退)

2010年12月エッセイカウンセラー変更

2010年12月GMAT三回目(終了)

2010年12月-1月 アプリケーションラッシュ

2011年1-2月インタビュー兼ビジット

2011年2月インタビュー(複数校から合格通知)

2011年3月第一志望のLBSからの合格で完全に受験終了

 

費用は相当かけました。エッセイカウンセリングで100万、GMATとTOEFLで100万、加えてビジット、もろもろ含めると。。。恐ろしいのでこれ以上計算したくないですが、無駄でも投資はしておく、という戦略だったので致し方無かったと思います。

 

4. 予備校選び

スケジュールを見れば一目かと思いますが、決意してから時間もなく、はっきり言って有名どころを手当り次第取ってみた、というところが本音です。

TOEFLではイフ、AGOS、JackのWriting、GMATではAGOS、YESに通いました。相性の問題は否めないので一概には言えませんが、敢えて私見を述べるとすると、ドメスティック学生でTOEFL105、GMAT700が狙いで予備校には行く、という場合は生産性(時間対効果)、負荷、結果の総合評価でWritingはJack、それ以外はAGOSを薦めます。私の戦略の場合コストはサンクコストなので評価には含めていません。

 

5. レジュメ

FECで作り一回9月には完成。その後カウンセラーをJeffに変え、直してもらいました。ただしそれでもミスがあったり、体験で行った英会話学校の教師からプロの仕事とは思えないという指摘を受け、指摘内容も的を得ていたので、さらに修正を加え、最終版となったのは年末でした。

 

6. TOEFL

2010年4月に受験したAGOSの簡易模試で60点台を叩きだし、あわててAGOSとイフに入学。5月の一回目の本受験で95、その後毎月受験して8月に100を超えた段階でほぼ終了としました。実はその後カウンセラーからとりあえず受けてみれば、と言われたのでうけてはみましたが、結果は変わらず、でした。テストスコアで勝負するタイプではない、とFECのカウンセリングで言われていたのが後押しになって早々に見切りをつけました。

 

7. GMAT

2010年9月の第一回目で640、まあこんなもんか、と思いつつもう少し頑張れば一発で卒業できたのに、と悔やむ2010年10月結婚式直後に受けて若干下がる。一回目の反省を生かしてVを慎重に解答していったところ時間が無くなる。終わった瞬間にだめだこりゃ、という感じだったので致し方なし。ただし700を狙いにいっていただけにまた一か月勉強するのかよ、と途方に暮れる

2010年12月一応超最低ラインとしていた680が出て、一日迷ったがもう受験しないことを決定。試験というよりは試験勉強のためにさらに1か月使うことの意義を見出せなかった。

 

8. エッセイ

FECより8月にネタ出し、ベースを10月に作成、一校分を11月に完了させました。Face To Faceでのエッセイカウンセリングに時間的な制約を感じ、上述の通り12月に入ってからカウンセラーを変更しました。数校分の荒いドラフトはできていたので、それをベースに一気に仕上げて言った感じです。就職活動と同じく何枚かカードを用意して、それをお題にあわせて切っていった感じです。ただしいくつかの学校のエッセイについてはお題が若干ひねっており、最初の方は題意が読み取れず単純に随筆のように書いてしまったエッセイもありました。初歩的なミスではありますが、こういったときにネイティブのカウンセラーとお題の真意を確認することは有益でした。

カウンセラーについても本当に人それぞれなのでコメントは難しいですが、電話、スカイプ、メール等で柔軟に対応してもらうことは出願ぎりぎりになると非常に重要なので、その点はよく考えて選ばれた方が良いと思います。またカウンセラーも人ですので、どうやってカウンセラーのモチベーションを上げるか、というのも何気に重要です。

 

9. 推薦状

社費ということもあり、直属の上司とその前の上司にお願いしました。お二方とも快く引き受けてくださり、特に問題になりませんでした。お願いするに当たり自分に対する評価や改善点等もうかがえたのは思わぬ収穫でした。

 

10. インタビュー

LBSのインタビューは他校のインタビューも一通り終わり、最後のインタビューでもあったので場馴れできていた、というのは一つ有利に働いたと思います。またいくつかの学校から合格をいただいていたことも精神的な余裕につながっていました。LBSの場合は本当の第一志望だったので飾らず熱意を伝えるように心がけました。またアルムナイの方にインタビュー直前に志望理由等を確認してもらい、若干の修正を加えることができたのも非常に幸運でした。インタビューは巷でも噂になっていると通り長丁場でしたが、これで受験最後、という晴々した気持ちもありそれほど苦ではありませんでした。

 

11.  受験を振り返って(アドバイスも)

受験途中にくじけそうになったり、自分の選択は間違っているんじゃないか、と思ったことは一度や二度ではありません。受験を経験された皆さんならわかると思いますが、夏だ、休みだと世間が盛り上がっている中とぼとぼ御徒町の怪しいマンションに通い、夏らしい夏も感じずにクーラーの効きまくった渋谷の予備校に通う。麹町のビルの一室から出てきたらもう季節が変わっていた、なんていうのは今だから笑い話ですが、本当にむなしく孤独な戦いでした。家族にも多大な迷惑をかけましたし、結果が出たからめでたしめでたし、というような話でもないと思っています。ただ、とことん自分に向き合って、己の努力と経験と知恵が試されるというのはMBA受験でなくても往々にして孤独で辛い作業と思います。正解はないと思いますが、やはりMBA受験を志し、挑戦し、今こうしてCandidateとして学校に通っていることは意義のあることだと思っています。

受験中のアドバイスとしては自分の売りを早々に見つけることでしょうか。私の場合は受験というよりBusinessSchoolという性質から就職活動と捉えたこともあり、適性試験は最低限、エッセイ+インタビューでいかに自分を表現するか、に努めました。避けては通れない道ですが、TOEFL、GMATは日本の就職活動時のSPIのようなものなのでそこに多大なリソースをつぎ込んで燃え尽きてしまうのは若干合理性に欠く気がします。

学生時代に20か国以上旅をしてきましたし、社会人になってからも海外勤務含めて少しは海外の事をわかっていた気がしていましたが、LBSの数か月で世界は広いなぁ、と改めて痛感しています。この広い世界を一人でも多くの方が経験されることを願ってやみません。最後は私が受験中何度も自分を奮い立たせて来た安西先生の言葉で。

あきらめたらそこで試合終了だよ

(c) LBS Japan Club 2012▲ ページ先頭に戻る