ロンドン名うての語り手から学ぶ、言葉の技術

授業, MBAカリキュラム, その他

MBAの授業に出ていて、これは凄い、という教授に出逢うことがある。教授の実績やフレームワークではなく、「80名もの生徒を、3時間惹きつけ続ける技術」についてである。   某教授曰く、MBAは教育産業でありつつ、エンタメ産業でもある。世界各国のリーダーの卵が高額な授業料と時間を投資して来ている。ロンドン・ウェストエンド名物のミュージカルの如く、観客(生徒)に面白い、と思わせ、飽きさせない工夫が必要なのである。   MBAの教授は世界中で引き抜き合戦が行われており、評判が良いとなれば高額サラリーでトップスクールへと移籍してゆく。世界ランク4(Financial Times:2018)LBSともなると、名うての語り手が揃うというわけだ。   では、その名エンターテイナーたちは、どのように観客を惹きつけているのであろうか。  
  1. テンポ・ケース・アナロジー
  2. 参加性
  3. 「良い人」であり続ける
  

1. テンポ・ケース・アナロジー

本題に入る前に、前述のミュージカルの話をしたい。   ミュージカルの三要素は、歌・ダンス・演技だと言われる。この三要素がお互いに働き合い、作品をより人々の心に響くものに仕上げている。   レ・ミゼラブルで言えば、「ジャン・バルジャンは息を引き取り、フォンテーヌが天に導きました」と棒読み朗読されているのを聞くのと、今まさに死にゆく俳優の演技を眼下に、名曲”Do you hear the people’s sing?”の生オーケストラを聞くのと、どちらが心に染み入るか、というのは一目瞭然である。   一方、MBA授業を面白くさせる三要素は、テンポ・ケース・アナロジー、およびこの3つの相乗効果であると考えている。  
「テンポ」
テンポは、語り口、内容展開、それぞれの速度のことで、これが心地よく進まないと退屈してくる。落語やオペラ、ミュージカルといった観劇産業では、「良い音を良いテンポで出していると、音が全く意識されないようになり、観客は言葉のみに集中できる」そうだが、全く同じである。   日本の大学では、何年間もアップデートしていないページを上から順に読みあげるのみの退屈な教授がいると聞いたことがあるが、同じ科目でも、生徒が入れ替わるし時代も進む以上、生徒の理解度・興味は昨年と今年では違う。その場の雰囲気に合わせてテンポをカスタマイズして、盛り上がったところは時間を使い、そうでないところはカット、という臨機応変な対応ができる教授は面白い。   
「ケース」
ほとんどの授業ではケースやゲストスピーカーが用意されるが、これらは満足度に大きく影響する。生徒をengageさせられるケース・ゲストスピーカーは下記の条件に沿っている場合が多い。  
  • 「手触り感のあるケース」:技術難易度が高く背景説明が複雑になるケースや、抽象的な描写に終止しているケースはどうしても盛り上がりにくい。反対に、「トッテナム・ホットスパーの新スタジアム建設の投資判断」といったトピックはイメージしやすく、敷居が低く面白い。
 
  • 「具体的な裏話が聞けるゲスト」:表面的な戦略論に終始しがちな方に比べて、現場で血反吐を吐いてきた起業家や経営者の苦労話、例えば著名な広告展開の裏にどんな葛藤があったのか、といった話は人を惹き付けることが多い。まさにこの点が大都会に位置するLBSの強みであり、多種多様な産業のトップリーダー・起業家を招聘している。
 

「アナロジー(比喩)

「腹落ち感」という言葉がコンサル業界ではよく使われるが、それは「なんとなく分かっていることだけれど、改めて強く納得し」、「行動に一歩近づく」ことである。MBAでも、完全に知らなかった知識を教わってふむふむ、ということもあるが、AHA!となる瞬間の多くはこの「もやっとしたものが整理される」腹落ち感であり、そこには教授による効果的なアナロジーが寄与していることが多い。   更にいえば、アナロジーは遠い世界から持ってきたほうがAHA!感が高まる。例えば、「テレビの価格戦略をPCの価格戦略と比較する」よりも、「テレビの価格戦略を、千両みかんの事例からの意味合いで考える」方が圧倒的に面白いのである。(詳細は東洋ビジネスオンライン・御立尚資氏の記事を参照のこと)   

2. 参加性

日本の大学で寝ている生徒が多く、LBSではそれがありえない理由の一つに、この参加性がある。授業は教授の語りだけで完結するものではなく、生徒・ゲストスピーカー・ホワイトボード・スライド・映像の一体商品として捉えるべきである。   ウェストエンドの人気ミュージカル、マンマ・ミーアは、ショーの最後に、総立ちの観客を煽り、観客・オーケストラ・キャストが一体となってABBAの曲を手拍子し、踊る一幕があり、これが楽しくて足繁く何度も通うファンが続出する。   それと同じく、エンターテイナーとして知られる教授は、生徒を本当に効果的に巻き込む。Strategy and Entrepreneurshipの看板教授、Costas Markides教授は、生徒のengagementにおいて最高峰といえる。人の認知の癖と、それが組織に与える影響を説明するために、まず生徒に紙や数字を使った簡単なエクササイズをさせたり、それを元にディベートさせたりする。ついつい生徒が盛り上がりすぎた結果、まんまと教授が導きたい(間違った)結論にたどり着いてしまい、それを指摘されガクッとなる。この一連のプロセスのあとに説明される理論の腹落ち度は格別であった。  

3. 「良い人」であり続ける

「良い人そう」な人の話は少々出だしが躓いても聞きたいと思うし、「なんか癪に障る」人の話は出来るだけ聞きたくない、この反応は古今東西共通するのではないか。   「熱心に聞き、発言にも参加する」生徒の割合、いわば授業の「視聴率」を維持するため、冒頭で恐怖政治に走る教授がいる。例えばいきなりコールドコールからスタートしたり、デバイス利用を禁じたり、事前課題を読んできたか確認する、等々。結果として視聴率は高まるけれど、この手の教授の話は大体面白くない。語りだけで視聴率を維持できないからこそ、恐怖政治に走るのかもしれない。   人気授業として先輩から代々語り継がれる教授は、このようなことはしない。前述のCostas教授は、まず愛嬌たっぷりの笑顔と口調で、開始3分で心を鷲掴みにする。その後も、独特のホワイトボーディング(ポイントワードだけ書くのではなく、結論をハイトーンボイスで話しながら文章全体を書き殴る)およびギャグセンス(出身のキプロスの自虐や、非ネイティブであることを逆に面白可笑しく使った誇張的な形容詞遣い等)、あるいはなんとも目が話せないテンポの緩急により、恐怖政治をせずとも9割以上の視聴率を保ち続ける。     MBAの本質は授業以外にある(ネットワーク・リーダーシップ等)というのは間違いないのだが、一方で授業もいずれ陳腐化する知識それ自体ではなく、名うての語り手の話を見れる、という視点で観ると大変に学びが多い。言葉の技術はほとんどの職種で必要となるだけに、MBAはこのような観点でも学びがある、ということをお伝えできれば幸いです。