1. 学校選び
学校選びにおいて、頻繁に「何を勉強したいか。ファイナンスに強い、マーケティングに強い学校に行きたいか。などという切り口から選びましょう」ということを聞くと思うが、それは結果的にそういうことも考えるようになるということであって、私にとっては最初からのアプローチではなかった。全く初めてMBA留学を考え始める人にとっては、むしろ自然な発想として、ランキング、有名校か否かが第一のポイントとなり、ハードルの高さ (GMAT、TOEFL)、そのあとに学費が高いか否か (自費留学の場合)などを考えるのが自然だろうし、所詮MBAは一般経営学なので分野に多少の強弱はあっても広くビジネスを学ぶということを考えれば、ファイナンスに強いとかマーケティングに強いということは、もう少し後から考えればいいかと思う。ただ、MBAの学校は多くある。無数にある。トップ校を狙うだけでも結構ある。私の場合、アメリカに行く気は地理的なキャリア構想の観点からも毛頭なかったので、欧州校にした。これで検討対象校はINSEAD、LBSおよびIMDに絞れた。3校である (バルセロナのIESEもちょっとだけ考えたが、私の中でのランキングで4校目だったので、検討に力が入らなかった)。

最初、第一志望校は有名だからという理由でINSEADを頭に描いていた。1年間のMBAでフランス (Fontainebleau)だし、クールじゃないか。ただ、学費の45000ユーロというのもなかなか高額である。そんなところが印象だった。当時パリに勤務していたこともあり2006年9月下旬にキャンパス訪問を行い、11月末には朝から授業に参加して、様子をみた。授業は大分面白いという印象だ。

 

London Business SchoolはMBAランキングを見ながら、すごそうだなと思った。INSEADより高ランクにある。ただ、LBSサイトをみて、学費に目が飛び出た。43000ポンド。10百万円近い。これはロンドンで生活することも考えると経済的負担が過大であり、一瞬で進学は無理だと思った。ただ、2006年11月8日に参加したSeminarでLBSに行きたいと気が変わった。なぜか、雰囲気 (場所がGeorgeVのFour Seasons Hotelだったからか)が素晴らしかった。INSEADのようなカジュアルな感じでなく、正統派の様相があった。Londonに居を構えるLBSに対し、自分の新たなチャンレンジ精神が刺激されたからである。将来はロンドンの金融機関で働きたいという自分のキャリアプランとも合致する。学費については、銀行から借金し、卒業後にバリバリ働いて返せばいい、金で解決できるのであれば挑戦した方がいいと考え、以後あまり気にしないようにした。こうして、LBSが自分にとっての第一志望校となっていった。

 

IMDについては、そもそもスイスのLausanneで勉強するのは大都市暮らしになれている自分としてはシンドイなという率直な第一印象があった。Fontainebleuより田舎であるというイメージである。これは調べてみると結構異色な学校。平均年齢が32~33歳で80人くらいしか取らず、教室でお勉強をするというよりも教授のとってくるコンサルティングの仕事を学生が本物の企業を相手に下請けしていく感じである。しかし、問題は卒業後の就職先は概ね産業系であり金融機関は少なかった。この理由はまず金融機関への就職に必要不可欠なサマーインターンシップを行う期間がIMDにおいて確保されていないこと、IMD自体もそもそも産業系ビジネスに係る学問に力を入れていることからそういった方面への就職が多いようだ。したがって、ロンドンの金融機関に就職したいという私にとってIMDは第3志望であった。

 

2. 願書およびエッセイ
私の場合、LBS、INSEADおよびIMDの受験を考えていたから、当該3校の願書 (アプリケーション) をダウンロードして、ざっと要記載内容を確認した。どこも大体の構造・質問内容は同じであり、概ね次の通りである。①名前、国籍、生年月日等の個人情報 (含むTOEFL、GMATの点数。但し、TOEFLおよびGMATの正式な成績証明は別途要送付)、②現在の職業、ポジションおよび今までの職歴および年俸推移、③そしてEssay。このEssayについてはこれまた色々なことを訊いてくるが、基本的なものとして、(ア)今までのキャリアの発展、(イ)今後のキャリア方向性(中期・長期目標)、(ウ)上述(ア)及び(イ)に鑑み、何故 (この学校の)MBAが必要なのか、どのような効果を齎すのか、(エ)自分の長所・短所、(オ)自分の成功体験、失敗体験、(カ)自分のリーダー体験、(ケ)その他言いたいこと (最後の設問)、などである。エッセイは非常に重要であることは言うまでもない。インタビューを除けば、自己表現が認められている唯一の機会であり、想定される競争相手、即ち他応募者と如何に差異を見せられるか、一言で言えばどれだけ自分が凄いかを威張らないまでも、決して謙譲することなく、淡々と表現することが必要なのである。

 

自分のことを整理して、構造的に説明するということは、これはこれで非常に難しいことである。例えば自分のキャリア経緯および成果は時間とともに蓄積されてくるものだし、将来の目標はその蓄積とともに少しずつ変化していくものであり、日々とは言わないが、一定の頻度で自分なりに整理している人はどれ程いるだろうか。つまり、自分のCVを定期的に更新している人がどれだけいるだろうか。自分という一個体を総資本とする決算書を定期的に作っているかということである。そういうことをしてこなかった人は、少なくとも就職してからの社会人人生の総棚卸を行う必要がある。

 

もちろん、過去のキャリア経緯について、単に表面的な事実関係を洗い出すことは容易である。例えば、どのような会社、部署、業務を行ってきて、どのような業績があったのかなどは事実関係に分類され、特に頭を悩ますことはない。頭を使うのはその先である。即ち、何故そのような会社に入り、何故そのような成果が自分にとって重要だと思うのか、そして今までのキャリアパスに如何なる意義を見出しているのか、という価値評価である。普段生活している中で、人には話さない、従って自分にとっても何となく頭の中にモヤモヤと、直感的に分かっているが、明示的に整理してされてこなかった隠れた価値観を数ある感動・感想をもった出来事から帰納的に求めるという思考作業なのである。この自分の価値観、あるいは自分の中のブレない軸がないと、将来、何がやりたいか、どのようなキャリアパスを歩みたいかをエッセイに表現していくとは難しいのではないかと思う。

 

自分の価値観の真実というものは、各人持っているはずだし、それぞれが人生を一所懸命に生きようとしてきたのであれば、各人の価値観に相違はあっても、それ自体に相対的な重軽はないはずである。だから、自分の持っている価値観(繰り返しいうが、これをしっかり把握している人はなかなか少ない)をしっかり表現できれば (ここからは個人的な経験則及び多少の主観的確信によるが)相手へ確かな重みのあるメッセージを伝えることが出来るのだと思う。換言すれば、自分の価値観に基づく文章ではなく、言葉を適当に散りばめた所謂「自分の筋が通っていない」文章は、如何にカッコいい言葉が散りばめられていたとしても自然とインパクトがなくなるものであると思う (何故、自然と相手方はそれを察知できるのかということについては、未だ良く考えたことはないが、兎に角経験則的にそうなるような気がするのである)。

 

因みに私は自己分析というプロセスに対し、実に多くの時間を割いた。自己分析の重要性は非常に分かっていたからである (なお、多少禅問答のようになるが、決して自己探しには出かけてはいけない。自分はそこに居るからである。あくまでも自分を分析することであり、これは紙とペンを働かせながら時間をかければ、可能なことである)。私の場合、ペーパのサイズが小さいノート (但し分厚)に、いろいろなチャート、図を描きながら自分の価値観、キャリアパス、将来の目標等を書き入れていった。こうして、自分というものを明示的に構造化し、いつでも表現できるものにしていったのである。そこまでいけば、エッセイを書くこと自体は文章として整理する作業が待っている。エッセイについては、内容についてこれでもかこれでもかと推敲を行った。推敲を仕切ったと思ったところで、今度は勤務先の英国人上司に内容・英語を見てもらった。というのも、他人の視点から見てもらわないと、ロジックの飛躍があったり、独善的になったりすることがあるからである。言い回し、文言選択を文字数 (あるいは単語数)制限とあわせて細心の調整を行う。こういった一連の作業については、丸2ヶ月はかけたと思う。

 

3. サポートレター (推薦状)
願書(アプリケーション)には通常2通のサポートレターが求められる。上司、同僚、クライアントがサポートレター発出者としての候補となる。サポートレターについては、形式自由ということはないように思える。少なくとも私が見たLBS、INSEADおよびIMDについて言えば、サポートレターの形式・フォーマット(質問・スコアリング表)は定められていた。細かい内容に差異はあるが、基本的に「応募者のキャリア発展をどう見るか」とか「応募者の将来のリーダーとしての可能性・潜在力をどう考えるか」等である。また、スコアリング表といって、推薦人が応募者を他の同世代・同身分のビジネスマンたちと比較しどのくらいのレベルにあるかを評価するものも含まれていた。具体的には、評価項目が10以上あり、例えば業務遂行能力という評価項目について、応募者は他者らに比較して上位5%にはいるか、10%に入るかなどである。レターフォーマットについては、LBSの場合はテンプレートをダウンロードするに対し、例えばINSEADおよびIMDはパスワード保護されたサイトにネット上で書き入れる必要がある。従って、提出方式については、LBSの場合、基本的には封筒に封印、郵送であるが、推薦人が直接E-mail送付しても良い。私の場合、推薦人両名ともE-mail送付してもらった。

 

さて、さらに記載内容について。サポートレターには、自筆するEssayとは全く同じことを書かない方がいいということである。極端な例を挙げれば、自分の売りが5点あるとすれば、Essayで3点書き、後の2点はサポートレターに記載するといった具合に。これは、Essayの紙幅 (あるいは文字制限)が限られている中では有効な戦略とも言えるかもしれない。換言すれば、自分の売りをEssay + Support Letter (2通)で表現するという全体的視点が求められているということであり、①自分の売りというものは何か、②何をEssayで書き、何をサポートレターに落とすかという配分の問題を予めデザインしておく必要があるのである。従って、サポートレターの内容・質は自分で責任を持ってコントロールしなければならない。

 

さて、内容のコントロールについて。日本人が推薦人の場合 (本当はやってはいけないことなのだが、日本の慣習として)候補者がドラフトし、推薦人が了解、サインするということになろう。それはそれで、サポートレターの内容・質を完全に自分のコントロール下に置くことが出来るが、他方、作業をするという点では、大変であることも確かである。私の場合、2人の推薦人のうち、日本人の推薦人の分については、自らドラフトし (その後、友人の英国人に (英語の)ネイティブチェックをしてもらった)、英国人上司の分については (文章を書くのが非常に巧く、また欧米人は推薦状を自分で書くものだと思っているようだ)、先方に自分が書いてもらいたい幾つかの要点を伝えた上で、ドラフトしてもらった。親切なことに、そのドラフトを正式に提出する前に見せてもらい、こちらから幾つか内容を修正するコメントを出した。上述したように、各校とも多少の違いはあるが、大体は同じような質問をしてくる。従って、一度力作を作れば、100%ではないにしてもある程度その内容を他校向けサポートレターに転用できることは確かである (私の見立てでは50%は使えたのでないかと思う)。

 

4. 大学の卒業、成績証明書
MBA受験に際て、郵送にて提出しなければならない書類に卒業・成績証明書 (いずれも英文。封筒に大学側が封印したもの)というものがある。私はパリに居たので、これら卒業・成績証明書については東京にいる母に事務手続きを委任した。これら書類を各校にカバーレターを含めて郵送するわけである。私の場合、願書を (ネットベースで)提出する前に郵送するので、カバーレターには「受験するつもりであり、予め必要書類である卒業・成績証明書を送付します」といった類のメッセージも含めた。

 

留意したいのは、卒業・成績証明書が封印されているだけではなく、卒業した大学の成績評価システムの説明 (例えば、A~Dまでの4段階評価でAは上位何%に付き云々)、単位取得科目毎の成績は当然として(これは問題ないが)、最終評価としての成績 (これは私が卒業した慶応大学では作成していなかった)およびランキングというものを含めるよう、求めてくるMBA校が多いことである。渡しの卒業した慶応大学は成績評価に係る簡単な説明以外は上記要請に殆ど応えられていないため、私としても多少気を揉んだが、そもそも日本の大学が当該要請に応えられているところはないと思われるし、そういった現状をMBA校選考担当者も把握しているということをLBSのMarketing担当から聞いていたので、ありのままを出すことにした。

 

5. 提出
今日のMBA受験に係る願書の提出はネットベースで行う。パスワードで保護された自分のログインページから、アプリケーション等を送信し、手続きの最後にクレジットカードの番号を登録して出願料金を支払う (これが、200ポンドだったりして結構馬鹿にならない)。LBSの場合はエッセイが別フォームになっていたので、提出時推敲に推敲を重ねたエッセイを添付。また、別途A4一枚に収めたCVも添付することが要求された。

 

各校とも年に4回ほどの願書受付の締め切りが設定されている。一つ一つの締め切りに対応する形で選抜するサイクルをRoundといい、例えば第2締め切りに応募して合格した人間は「Round2のXXと申します」という自己紹介をすることとなる。別にRound1だからRound2よりエライということは全くないのだが、恐らく応募するのが早ければ早いほど一般的に合格する可能性は高いと言われており、確言できることはRound4にはあまり合格席は残されていないということである。これは、学校側が早めにいい生徒を確保しようとRound1~3で合格をたくさん出しておき、Round4は補充的な意味合いに使おうという形になるからである。私の場合、LBSについてはRound2 (2007年1月5日)に応募、INSEADは2008年1月開始のクラスにつき、Round1 (2007年3月27日)に応募、IMDについてRound2 (2007年4月1日)に応募する予定であったが、結局LBSに受かったので第3志望のIMDについては出願を取りやめた。

 

ここで願書提出のタイミングと自分の志望順位というのは関係しているということに留意しなければならない。合格することに焦点があたるので、あまり問題視されていないことではあるが、実は合格通知を貰うと20日から30日以内にCommitment FeesやらReservation Feesといった所謂手付金を支払わなければならない。これを支払わないと合格が取り消される。これはLBSでは1500ポンドで、結構な金額になるので、もちろんこのFeesを払ったからといって絶対逃げられなくなるというわけではないが、庶民的な経済感覚から言えば、このFeeを払うということはその学校に決めるということだし、第2希望が受かって、当該Feeを支払った後に、第1希望が合格したなんてシナリオは回避しなければならない。以上のようなことから、私の場合、第1希望のLBSの合否通知が先に来て、その後INSEADおよびIMDのが来るというスケジュールになるよう自分の提出スケジュールを構成した (具体的にはLBSの合格通知が2007年3月23日 (金)に、INSEADの合格通知は6月27日 (水)に来た)。

 

6. 面接 (インタビュー)
2007年2月8日、LBSより面接への招聘を決定したメールを受領した。そこには面接相手などの詳細は記載されていなく、卒業生である面接相手の選出に2週間程度かかること (面接相手は後日メールするから)当該相手と面接日を相互都合のいい日に設定すること (但し、遅くとも2007年3月12日までに面接実施すること)という指示があった。2週間ほどするとLBSのAdmission担当者よりのメールで一人の卒業生の連絡先が提示され、同卒業生とメールでやりとりしたところ、2007年3月5日に先方オフィスにて面接を行うという予定に合意した。面接内容については以下の通りである。なお、面接は1対1の一回きりである。ところが、日本で出願する場合、面接プロセスが異なることが分かった。どうも、東京のある会場に、面接に進んだ応募者を集め、①英会話学校の先生との英会話テスト (1対1)、②応募者数名を集めてグループディスカッション、③卒業生2人との面接(2対1)という重厚なプロセスを経る必要があるようだ。私の場合、パリで応募したためにこのようなプロセスからは無縁であり、自分の競合相手を一切見ることはなかった。2007年3月5日18時より先方オフィスにてLondon Business Schoolにかかる面接実施 (20時30分終了)。当方の先方への印象: フレンドリー、誠実、着実かつ力のありそうなビジネスマン。

 

(形式)
1時間の正式面接 (Impromptuプレゼン (5分)を含む)およびその後の先方への質問を兼ねての会話 (1時間半)。

 

(質問内容)

  • 勤務先での業務は具体的に何をやっているか
  • 日常のアサインメントの説明
  • 勤務先におけるチームプレーで変わったところはないか
  • 成功話
  • 勤務先の今後の展望、チャレンジは何か
  • 何故MBA、何故LBSか
  • 中期および長期キャリアプランは何か
  • 幼少時代の海外経験について説明せよ
  • どのようにMBA生活をファイナンスするか

尚、CVは読んでいるようだが、ApplicationやEssaysを読み込んできているという印象はなかった。

 

(Impromptuプレゼン内容)
10行程度の簡単な段落が渡される (彼がLBSら渡されたと想像されるリストから適当に選ぶ)。内容に関しては、「最近UKではインベストメントバンカーの受ける賞与が大きく、貧富のギャップを広げているので、当該賞与に天井を設けるべきだという議論があり、他方当該バンカーは彼ら自身はめちゃくちゃ沢山仕事をしているからそれ位の賞与はもらってもいいという議論があり、これについてはどう思うか?」というものだった。

  • 問題文をザット黙読 (不明な点があれば面接者に聞いていい)
  • どのように自分の意見を述べるか考える (5分もらえる。その間、面接者は外に出、5分後に入ってくる)
  • 最低2分、最大5分のプレゼンを求められる
  • 内容をザット説明、それから主な主張点と対立点、それから自分はどう思うか、主張点と対立点への反駁、最後にラップアップ (自分の意見の再主張)

上記5が実際5分程度だったか否か全く記憶になし。寧ろ長くて3分くらいにしかならなかったのではないかと思われる。Goodという反応が先方からありつつも、何でもGoodという人間も世の中には多いため、本当にうまく言ったかどうか、先方の真意はつかみかねた。

 

7. その後の会話
先方、面接関連のファイル一切を閉じ、一般的な質問・自身のLBS経験に係る質問を受け付けるというもとで会話開始。当方としては、先方の回答にさらに答える形で当方のセールスポイントを入れていった。最終的に20時半までという長い面接になった。別れに際し、①本日の面接リポートをLBSの欧州エリア担当者に近々に送付する予定であり、3月23日に最終的な判断が下ること、②当該最終的な判断の前後で質問があれば何時でもメールするように、との2点につき付言あり。

 

面接の心得的なことを言えば、「自分という者に自信を持つこと」の一言に限るような気がする。願書のところでも述べたようにまともな人がまともに頑張って生きてきたのであれば、それは他人と相対評価の不可能な貴重な人生なわけであり、面接官が卒業生であり、既に選ばれた人間であるという錯覚に陥って自分を小さく感じてはならない。自分の今までの人生を省み、可能な限り正確に把握し、そして、それを受け止めれば、意識しなくても自信は生まれてくる。要は自信がわくまで内省を行ったかということが寧ろポイントになってくる。私が思うに面接の心得はそれに尽きる。

 

なお、これは上述したことに重複するが、世の中自分のことを黙って聴いてくれる人の前でアレコレ話せる機会はあまりない。私は日本人だから「私はこういうことをやって来ました。これはこういう意義、価値があると思います云々」ということを言うのは自分の美徳感覚からして軽薄な気がし、自分から積極的に言うことはない。しかし、この面接ではそれを言うことが求められ、且つ免罪符が与えられている。これは、寧ろ貴重な機会であると楽しんで臨まなければ損である。

 

8. 合格
LBSの面接が終わってからは「人事を尽くして天命を待つ」という状態ではあったものの、正直他に違わず気が気でなかった。まさに人生の岐路である。LBSの合格発表は2007年3月22日21時58分 (パリ時間)にメールで届いた。23日の発表という予定になっていたが、世界中の時差もあるので、パリではまだ22日であったのだろう。

 

9. MBA受験を振り返って
MBA受験という過程を経て、本当に成長できた、自分にとって非常に良かったなと心底思っている。これは何も合格したから良かったと思っているわけではない。受かってから、事後的に過去を振り返ってそう思っているわけでもない。正直、合格前において、MBA出願を始めてからというもの、例えばTOEFLやGMATの準備をしている時や、学校選びのためのセミナー狩りをしているとき、エッセイの草稿を作らんと苦戦している時など、何れの段階においても、このMBA受験というものに「挑戦」して非常に良かったと思ってきた。MBA受験では、不安という要素が常に付きまといながらも、常に刺激的かつ前向きな毎日に自分をおくことができた。毎日、過去のこと、将来のことを深く考えることになったし、様々な人々とそういった考えたことを意見交換し、新しいことを吸収しよう、色々な人と会おうことへの強い刺激、インセンティブになった。合格を達成する前から常に思っていたことだが、MBA受験のプロセスそのものだけでも自分は成長できたと思えるようになっていた。

(c) LBS Japan Club 2012▲ ページ先頭に戻る