「MBA卒のくせに使えない」
「MBAに行くヒマが有ったら仕事を続けた方が勉強になる」

日本では、こんな「MBA不要論」を時折耳にする。斯く言う私も、留学を志す前はMBAに対し懐疑的な一人であった。然し、実際にLBSで2年間MBAを学んでみると、MBA不要論とはMBA教育への理解不足と誤解から生じる不毛な議論であり、この誤解が解消すればMBAが日本でも正しく活用され得ると感じるようになった。

そこで今回は、LBSでの留学生活を踏まえて、
「MBA教育とはそもそも何なのか」
「なぜMBAは日本で誤解され、批判されているのか」
について、私なりの考えを述べてみたい。

 

MBA教育とは何なのか

MBAが誤解されやすい原因は、授業の形式と目的が他の大学院と大きく異なる為、傍から見て実態や効果が分かり辛いことにある。

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MBAの授業は「ケースメソッド」という独特の形式を採っている。ある企業の過去事例を物語調にまとめたものをケースと言い、その主人公は経営課題に直面したCEOである場合が多い。MBAでは金融・戦略・統計など様々な科目が有るが、どの科目のケースでも問われる重要命題はただ一つ。

「もし自分が経営者ならどうしたか?」

学生は、自分がもし経営者であったなら、如何に状況を分析し、戦略を策定し、実行したかを徹底的に考え抜き、仮説を持った上で授業に参加する。科目の違いは、仮説に至るまでのアプローチが異なるだけで、ファイナンスの授業ではマルチプル法、ストラテジーではポーターのファイブフォース分析等を用いて、自らの仮説で周りを説得する上での理論武装を行う。

このケースメソッドの目的は、リーダーとしての「決断力」を鍛えることにある。授業ではレクチャーの時間は最小限に抑えて只管にクラス内ディスカッションを行い、異なるバックグラウンド持つクラスメートと意見を戦わせて、自らの仮説を様々な視座から検証する。この一連のプロセスを、2年間で様々な分野に於ける数百通りのケースを使って徹底的に繰り返し、限られた情報と時間の中で経営者として最適の決断を下すための思考プロセスと判断基準とを、筋トレのように身に付けていくのである。

日本では学校とは知識を得る場所との意識が強いが、MBAに於いてハードスキルとはケースを解く上でのツールに過ぎず、知識の深堀りは重要視されていない為、通常の大学院のようなアカデミックな雰囲気のレクチャーはあまり行われていない。経営判断に普遍的な正解は無いためMBAでの議論は喧々諤々と毎回白熱し、教室内は学び舎というよりもブートキャンプに近い状態となる。

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「何を学ぶか」ではなく「誰と学ぶか」

上記のようなケースメソッドに於いては、ハードスキルとして「何を学ぶか」ではなく、ディベートの相手として「誰と学ぶか」が極めて重要となる。巷に溢れるMBA本でいくら戦略ツールを学んでも、それは玩具の武器を得たに過ぎず意味は薄い。その武器を手に、実際に訓練所で百戦錬磨の将官(教授)の指揮の元、バラエティー溢れる優秀な戦友(クラスメート)と実地訓練(ディベート)を繰り返すことでMBAからの学びは初めて最大化される。class

このプロセスのみが重要なのであって、MBAという資格自体に価値は無い。海外MBAは自己研鑽や国内MBA対比で膨大な時間やコスト、機会費用が掛かるが、それでも敢えて海外のトップ校を志向する理由は、多様で優秀な教授とクラスメートの存在こそがMBAでのトレーニングに於いて極めて重要となるからである。

 

 

ハードスキル習得はMBAの主目的ではない

一方で、MBAに於いて然程重要でないテイクアウェイは、「ハードスキル」である。MBAでは、金融、会計、戦略論、統計学、マーケティング、アントレプレナーシップ等、非常に幅広い分野を学ぶため、僅か2年でこれらの分野を全て実務レベルへ引き上げるのは無理であるし、そもそも既述の通りMBAに於いて知識の深堀りは重要視されていない。

誤解の無いように申し上げると、ケースに基づくプラクティカルな実例を一線の教授から学ぶことで、広範で実務的な知識が身に付くことは確かである。然し、膨大な時間と費用をかけて海外MBAに行く以上は、機会費用の考え方に基づいて、「そのスキルは海外MBAでなければ本当に身に付けられないものか?」という問いを常に考える必要が有る。この見地に立つと、MBAで得られるハードスキルは日本での自己研鑽でも充分得られるし、寧ろ仕事を続けて実務とリンクさせながら学習した方が、より効果的に知識を定着できるはずである。

 まとめると、会計・金融・統計学といったハードスキルは、MBAで学ぶメリットの一つであることは確かなものの、敢えて時間と費用をかけて海外MBAを目指すべき積極的な理由とは成り得ないと考える。

 

なぜ「MBA不要論」が生まれるのか?

以上に述べてきたMBAのメリット・デメリットを踏まえると、世間でよく耳にするような「MBA不要論」が、MBAという教育への理解不足と、MBAホルダーと採用企業側のミスマッチから生じる不毛な議論であることが見えてくる。

日本では、「学校とは知識を得る場所」というイメージが強い為、MBAホルダーに対して全知全能のハードスキルを求め、会計やファイナンス、戦略企画等のあらゆる分野で即戦力となる人材を期待している場合が多い。然し、MBAで得られるハードスキルは限定的であり、そもそも目的ではなく手段に過ぎないので、その不足をもって「MBAホルダーは使えない」と判断することは的外れである。

また、「MBAに行くよりも仕事を続けた方が勉強になる」という指摘も良くあるが、MBAの目的をハードスキルの習得だけにフォーカスすれば、仕事を続けて実務とリンクさせながら学んだ方が効率的且つ実践的なのは当然であるものの、そもそもハードスキルはMBA教育の主目的ではないので、この比較は意味が薄い。

MBAホルダー側にも大いに問題が有り、ハードスキルや「MBA卒」というステータスのみを求めてMBA本や通信制MBAに手を出しても、軍隊訓練型のケースメソッドをこなさなければ意味が無く、通信教育で空手を学ぶ程度の効果しかない。従って、それではMBAを通じて成長できないのは当然であるし、そのくせに自分は即戦力であると自惚れると、周囲からの失笑と反感を買うだけだろう。

他方、MBAの真の目的である「決断力」にフォーカスした場合も、日本企業ではミスマッチが生じている。海外企業の場合、MBA卒は早期にマネージャーとしてのディシジョンメイキングが期待される。然し、日本企業では卒業後も当面はプレーヤーとしての役割が求められることが多く、マネージャーになるまで10年以上かかるケースも有る。MBAは決断力を鍛える場なのに、そのポジションを与えなければスキルが生かせないのだから、「MBA卒は使えない」との評価が下るのも当然である。

 

おわりに

最後に幾つか補足を。

上記に加え、異文化理解や国際人脈の深まりも海外MBAで学ぶことの大きなメリットである。然しこれらは海外留学に共通するものであって、MBA固有の事項ではないことから今回は割愛させて頂いた。

また、MBAは「リーダーとしての決断力」を鍛える場と書いてきたが、海外MBA卒が皆すべて決断力に優れているわけではない。所詮、MBAは訓練であって実戦では無いので、いくら練習を積んでも本番でのパフォーマンスは保証されないし(練習をたくさんしたからといってプロ野球選手になれるとは限らないのと同じ)、リーマンショックやエンロン破綻はMBA卒の強欲な経営者達が起こしてきたことを鑑みれば、歴史的には寧ろマイナスの影響の方が大きかったかもしれない。然し、少なくとも「決断の訓練をしなければ本番で成功できない」ことだけは確実に真なので、たとえ結果が保証されていなくとも、欧米のエグゼティブは皆MBAでディシジョンメイキングの鍛錬を積むのである。

MBAは、斯かるトレーニングの場としてケースメソッドという手法を確立し、時代に合わせてケースのテーマを柔軟に変更しつつ、過去の失敗を踏まえて企業倫理の科目を増やすなど、試行錯誤を重ねて今の形となっている。外から見ると効果や実態が漠としていて見え辛いため、誤解や批判を受け易い学問領域なのだとは思うが、上記の誤解やミスマッチが解消されれば、MBAに行ってから後悔する人や、MBA卒を採用してから後悔する企業の数は確実に減るだろう。MBAへの進学や採用を迷っている方に、本稿が少しでもお役に立てば幸いである。

MBA2015 A.S

(c) LBS Japan Club 2012▲ ページ先頭に戻る